BeNasu那須高原の歩き方
BeNasu 那須高原の歩き方

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那須五岳

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那須連山の明確な規定といものはなく、書籍によりましては高原山より那須までも那須連山と表記したりするものも沢山あります。

そのため、那須高原がある代表的な5つのピーク(山用語で簡単にいいますと山の一番高くなっているところ。頂上を指す場合が多い。)を那須5岳または那須5峰と表記しています。
その他にもいくつか存在しますが、基本的にはこの5つをおさえれば良いと思います。

その5岳は正面左から黒尾谷(くろおや) 岳(1589m)、南月山(みなみがつさん)(1776m)、茶臼(ちゃうす)岳(1915m),朝日岳(あさひ)(1896m),三本槍さんぼんやり)岳(1917m)の五岳の総称です。
上記に記しました通り、那須連山の正確な定義というものは存在しませんが、「深田久弥」の選定した「百名山」ということで上記の五岳、または五峰を近年観光業界を中心に使用しておりますが、
深田久弥は那須岳、あるいは那須山とは「中枢」の茶臼、朝日、三本槍を、所謂那須岳とみなしていいだろうと主張しております。 深田久弥
深田 久弥は、石川県大聖寺町生まれの小説家及び登山家である。
ウィキペディア

深田久弥氏は郵便切手になっているぐらい有名です。


以前は那須塩原市の新幹線の駅などから良く見渡せるように、高原山塊(那須火山帯の最南端部の山で釈迦ヶ岳を中心とする火山性の山々)、大佐飛山塊(大佐飛山や百村山などの非火山性の山々)、那須山塊の総称を那須連山と表記している書籍も多数存在します。

那須五岳

茶臼岳(標高 1,915m)は山頂に火口があり,西側の牛ヶ首付近の噴火口は現在もシューという音とともに白い噴煙を上げています。
茶臼岳は日本にある110の活火山の一つで、地元で那須山といえば通常茶臼岳を指します。
深田久弥の選定した百名山である茶臼岳は登山客に大変人気があります。

那須五岳

那須は北海道まで続く大きな那須火山帯の総称としても有名ですが、現在では火山活動は各火山におけるプレートとの関係で活動の差がでてくるのではないかという見解の方が支持されているようで、最近は那須火山帯という呼び名はあまり使われなくなってきています。
地球上の正確な火山の数はわかりませんが、常に10前後は噴火中です。
大半の火山はプレートの境界に沿って分布しております。
一方のプレートが下に沈み込み高温によって溶けた岩石とガスが地表に噴出するのです。

アテンションプリーズ

記録に残る茶臼岳の活動は、室町時代の1408年から10年にかけてが最も活発だったとされています。
(記録に乏しいので割愛しますが673年〜685年
また806年〜809年那須岳の噴火が伝えられています)

那須は、1397年から1963年までに少なくとも9回歴史的噴火がありました。
1410年の噴火では180人が火砕流で生き埋めになったり、噴出物に当たり死亡したそうです。
栃木県の火山噴火では、唯一死者がでた噴火のようです。
噴火の怖さを物語っています。

茶臼岳の主な火山活動
(現在気象庁の「常時観測20火山」監視対象火山のひとつ)

応永4年 正月11日
1397年2月17日
噴火爆発
応永15年正月18日
1408年2月24日
噴火・降灰・那珂川が黄色く変色
応永17年正月21日
1410年3月5日
噴火・噴石・火砕流
死者180人
引化3年7月
1846年8月
噴火・これより噴煙が始まる
明治14年7月1日
1881年7月1日
鳴動・噴石・降灰・蒸気爆発・降灰の流れ込みによる那珂川の魚類被害

「恰も(あたかも)百雷の轟く如く」と、月山の大噴火を伝える記事が紙面に踊ったのは、梅雨明けが待ち遠しい明治14年7月16日の朝であった。

この記事を大きく報道したのは当時最大部数を誇った朝野新聞(犬養毅や尾崎行雄を輩出)で「月山の大噴火」とは山形の月山ではなく、現在の那須茶臼岳のことである。
昭和17年10月〜12月
1943年12月
茶臼岳西側の噴気活発化
昭和18年12月
1942年10月〜12月
茶臼岳西側の噴気活発化
昭和28年10月24日〜29日
1953年10月24日〜29日
小噴火・火口の西斜面で噴火・降灰南6Kmに及ぶ
昭和35年10月10日頃
1960年10月10日頃
微噴火・噴石あり
昭和38年7月10日〜11日
1963年7月10日〜11日
異常音響
昭和38年11月20日
1963年11月20日
茶臼岳西側斜面無限火口で小爆発・付近に降灰
昭和52年1月30日〜31日
1977年1月30日〜31日
地震群発
昭和60年9月27日〜28日
1985年9月27日〜28日
地震群発
昭和60年12月6日
1985年12月6日
地震群発
昭和61年7月1日〜2日
1986年7月1日〜2日
地震群発

上記の記録は地元の書籍などからのものですが、国土交通省 気象庁が那須岳 有史以降の火山活動を一覧にしているものもありますので上記ともども参考にしてみてください。

国土交通省 気象庁が那須岳 有史以降の火山活動

また国土交通省 気象庁が参考にしている、(独)産業技術総合研究所の日本の活火山(Active volcano)日本の噴火歴史とその規模や様式についてのデータベース活火山の噴火履歴を調べる  1万年噴火イベントデータ集 があります。

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黒尾谷(くろおや) 岳(1589m)、南月山(みなみがつさん)(1776m)

那須高原と一般的に言われるのはこの茶臼岳の山麓に広がる観光地の事です。

黒尾谷(くろおや) 岳(1589m)、南月山(みなみがつさん)(1776m) 南月山(みなみがつさん)),と(くろおや)岳。

向かって茶臼岳より左側の南月山、と黒尾谷岳。
最西端にある山は白笹山で沼ッ原湿原などがありますが、正面からは通常見えませんので那須五岳には含まれません。
その昔茶臼岳は、月山と呼ばれていたそうで、月山の南にあるので南月山と名がついたそうです。
こちら側はほとんど手付かずの自然が残り観光開発もされておりませんので、主に登山をする人達に人気があります。
特に沼ッ原湿原に代表されるように貴重な植物が沢山残っています。

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茶臼(ちゃうす)岳(1915m),朝日岳(あさひ)(1896m)

三本槍岳(さんぼんやりだけ)は福島県西白河郡西郷村と栃木県那須塩原市との境界にああたり、那須連山最高峰(1916.9m)の山です。
三斗小屋は那須塩原市の飛び地になっています。

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那須五岳の各概要

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茶臼岳
標高 1915m
別名 月山、高湯山、白湯山、新湯殿山、雪不尽山、御耳山など
特徴 古くより山岳信仰の山として、弘法大師空海により大同年間(806〜809)に高湯山(御宝前温泉)・月山(茶臼岳)・毘沙門岳(朝日岳)に三大権現を勧請したといわれ高湯山信仰が盛んに行われました。
昭和37年より東野交通のロープウェイが運行されて誰でも9合目まで簡単に行けるようになりました。
火山活動としては約4万年〜3万年前から現在に至っています。
気象庁の「常時観測20火山」監視対象火山のひとつ

朝日岳

標高 1896m
別名 毘沙門岳
特徴 茶臼岳同様信仰登山として弘法大師空海により大同年間(806〜809)毘沙門天を勧請しました。
約10万年前に火山活動があり現在でも爆裂の跡があります。
朝日岳は日照時間の少ない、谷間にある那須湯本の人々が朝日に輝く姿から付けられたという俗説があります。

三本槍岳

標高 1916.9m
名前の由来 黒羽藩(1万8千石)、会津藩(23万石)、白河藩(11万石)の藩境に位置するため境界の確認の為、それぞれの藩が槍を立てた事に由来。
特徴 古い火山活動の山で約40万年〜30万年前とされています。
現在も那須塩原市と福島県西郷村の境界にあたります。

南月山

標高 1775.8m
名前の由来 月山(現茶臼岳)の南に位置することからつけられた。
特徴 山頂に南月山神社の祠が祀られている。
山形県の月山を向いて建てられているとも言われています。
火山活動は約20万年前とされています。
ミネザクラの名所として人気があります。

黒尾谷岳

標高 1589m
別名 黒谷山
特徴 山頂は灌木で覆われています。

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那須五岳マップ

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より大きな地図で 那須連山 を表示

夏の緑いっぱいの茶臼岳です。
那須連山は太平洋側にそそぐ那珂川、阿武隈川
日本海側にそそぐ阿賀野川といった大河の源流域になっています。

那須 夏の茶臼岳 こちらも夏の朝日岳です。
信仰登山として三山がけ、月山(茶臼岳)、白湯山、朝日岳を登りました。

那須 夏の朝日岳

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那須朝日岳の頂上です。

那須 夏の朝日岳

こんな景色で飲むコーヒは格別です。

三本槍岳頂上には一等三角点がありますす。
(一等三角点とは眺望の利く場所に設置され一等三角点は970点余りに上るが、その中で風格のある山容、優れた眺望、高い知名度、さらに概ね標高1,000m以上で登りがいのある山が選定された)
Wikipediaより


手塚晴夫さんによる「栃木百名山」山名由来によりますと、天正18年(1590)、蒲生氏郷(がもううじさと)を初代藩主とする会津藩が成立。
慶長元年(1596)、大関資増(おおぜきすけます)を初代に擁した黒羽藩が誕生する。
それから30有余年過ぎた寛永4年(1627)、初代藩主丹羽長重(にわながしげ)を迎えた白河藩が成立した。
那須山塊はちょうど、三藩の国境を担っていたようである。
端午の節句、三藩の若侍が山塊の最高峰に登山し、担いだきた槍(一説には旗)の穂先を天に突き上げて境界を確かめる行事が慣例になって、この長閑(のどか)な行為に因んでこの山に「三本槍岳」と名が付けられたとあります。

辺境の山の頂上ですが、各藩にとっては重要な思惑があったものと思います。

まず会津藩ですが、これは会津中街道を含んでおりますので参勤交代やなど重要な場所だったと思います。
会津中街道は会津地方と江戸を結ぶ、会津西街道と奥州街道の間を通るので会津中街道と呼ばれました。

1683年(天和3年)の日光大地震により、会津より日光を通って江戸に抜ける会津西街道が通行不能になり、代替街道として機能しました。
現在は那須連山の縦走などに人気ですが、会津西街道が再整備されるまで、板室宿を経て那須山中の三斗小屋宿、標高1,468mの大峠、松川宿に至る難所超えの道中でした。

白河藩も白河街道などの利権がありますので譲れなかったと思います。
また、小峰城や松平定信公が造った日本最古の公園である南湖公園は那須連山を借景にしておりましたので那須は身近な存在だったのでしょうね。

黒羽藩は硫黄の採掘などの利権があり、米の年貢の変わりにミョウバン、平たく言えば湯の花ですね。
これを徳川家に献上していましたので、これも譲ることができなかったのでしょうね。

朝日岳は火山の爆発で山頂部が吹き飛んで形成されたあとが今でも残っています。

日光国立公園(にっこうこくりつこうえん)那須地区の主峰である茶臼岳(那須岳)(1,915m)を中心とする那須連山は、登山利用が多く、中でも茶臼岳は今でも噴煙をあげる荒々しい火山景観や山頂からの展望が人気であり、山頂付近までロープウェイが整備されており手軽に登山を楽しめることが特徴です。

朝日岳と三本槍岳は形状から混同されやすいですが、尖っている方が朝日岳、なだらかな方が三本槍岳です。

三本槍岳は福島県西白河郡西郷村と栃木県那須塩原市との境界にあり、太平洋に流れる阿武隈川、那珂川の源流部にあたり、日本海側に流れる阿賀川(大川)の支流の源流部になっています。
こちら側は近年ゴヨウツツジの群生地など観光開発が進んできています。

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過去1万年間の噴火活動

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最近1万年間は茶臼岳の活動が続いており、約11000年前〜6000年前までの5000年間に、それぞれに降下火砕物・火砕流・厚い溶岩流を噴出する3回の大きな活動があり、山体の大部分が形成された。

約6000年前以降は、数百年に1回程度の水蒸気爆発が発生していたが、約2600年前に比較的規模の大きな活動があり、山頂の火砕丘が形成された。

その後、水蒸気爆発が繰り返される活動に戻ったが、1408年から1410年の活動によって、降下火砕物・火砕流が噴出し、さらに茶臼岳溶岩ドームが形成された。

この後、小規模な水蒸気爆発が繰り返されている。近年に那須岳付近地域では群発性の地震活動の発生があるが、火山活動との関係は認められていない。

気象庁より引用
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